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東京地方裁判所 昭和30年(行)102号 判決

原告 ロバート・シー・ストーリー

被告 東京国税局長

訴訟代理人 堀内恒雄 外四名

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が原告に対し昭和三十年七月二十日附(昭和三十年十二月二十三日附準備書面に七月八日附とあるのは誤記と認める)でなした原告の昭和二十八年度分所得税に関する審査請求を棄却した決定のうち原告の昭和二十八年度分総所得額百万二千五百円、所得税額十九万八千八百三十五円を超える部分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、

原告は米国々籍を有する外国人であつて東京都所在の在日米国商業会議所に勤務し、会議所から受ける報酬をその主たる所得とする者であるが、昭和二十八年度分の所得税に関し昭和二十九年三月十五日麹町税務署長に対し租税特別措置法(以下単に法という)第二条の二の規定を適用した上、総所得金額を百万二千五百円(準備手続におい七百二十五万円と述べているが弁論の全趣旨から上記の誤りと認める)、税額を十九万八千八百三十五円として確定申告したところ、麹町税務署長は国税局収税官吏の調査により、昭和二十九年九月二十日附で総所得税金額を二百四万四千八百円税額を七十一万三千九百六十円と更正し、右処分は同年同月二十八日原告に通知された。そこで原告は同年十月二十二日被告に対し右更正処分に対する審査の請求をしたところ、被告は昭和三十年七月二十附で右請求を棄却するとの決定をして、右決定は同年同月二十三日原告に通知された。

しかしながら原告は前年度である昭和二十七年度分の所得税に関し、昭和二十八年度分同様法による五割控除の適用を受ける資格があると信じその計算によつて所得税を納付したところ被告に依てそのまま承認されたのである。かように被告は原告に対し行政庁として昭和二十七年度分の所得税に関し法による五割控除の適用を是認し、一旦原告に有利な取扱をした以上、仮に右五割控除控除の適用が被告の側におけるなんらかの誤認または法規の誤解によつたものとしても、少くとも被告側から進んでその旨を原告または原告の使用主であり原告に対する給与支払者である在日米国商業会議所に対して充分説明し原告側の了解を得なければ勝手に原告に対する取扱を変更できないと考えられるにもかかわらず、かような処置をとらなかつた以上被告は原告に対し昭和二十八年度分の所得税についても法の適用を是認しなければならない。

仮に右主張が理由がないとしても、原告は前記のように在日米国商業会議所から給与の支払を受けている者であるが、在日米国商業会議所は日本にある米国商社を会員として組織された団体であり、その性格は法にいわゆる外資法人と認めるべきである。そして原告は右在日米国商業会議所において法第五条の二第三項の大蔵大臣が定めて公表している自由職業に該当する技術専門家としてサービスを提供しこれに対する報酬をうけているのであるから、法第五条の二の五割控除の適用を受ける資格を有するのである。

しかるに法第五条の二の適用がないとしてなされた麹町税務署長の更正処分は前記のような理由から違法であり、したがつて右更正処分を適法として原告の審査の請求を棄却した被告の決定もまた違法である。

よつて原告は被告の右決定の取消を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告の本案前の抗弁に対し、

原告が被告に対し審査の請求をしたのは昭和二十九年十月二十二日であり、麹町税務署長から更正の通知を受けた同年九月二十八日から一ケ月以内であるから原告の審査の請求は適法である。

仮に右主張が理由がなく審査の請求が審査請求期間経過後である昭和二十九年十一月四日になされたものであつたとしても、被告は原告の審査の請求を不適法として却下しうるにもかかわらず東京国税局協議団の協議を経てその内容に立入つて審査し理由なしとしてこれを棄却したのであるから、あたかも民事訴訟法において本案前の問題について適法に抗弁を提出すればなしえたにもかかわらずこれをなさずに本案について答弁をする場合においては本案前の抗弁権を失つたものと認められるのと同様、被告は原告の審査の請求が被告になされた当時不適法であつたと主張する権利を失つたものというべきである。

仮に右主張が理由がないとしても被告は原告の審査の請求を不適法として却下することができたにもかかわらず却下の措置をとらず進んで内容に立入つて審理しこれを棄却しているのであり、原告は被告の右行為を信頼して、棄却した決定を対象としてその取消を求めるためにその手続をとつているのであるから、今日になつて当初の被告の行為は被告の真意に基くものではなかつたと主張することは禁反言の原則に照らして許されない。と述べ、

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、

原告が昭和二十九年三月十五日麹町税務署長に対し原告主張のような確定申込をしたこと、麹町税務署長は国税局収税官吏の、調査により昭和二十九年九月二十日附をもつて原告主張のような更正処分をし、同月二十八日原告に通知したこと、原告が右処分に対し審査の請求をしたことは認めるが次のような理由で原告の本訴は不適法である。

すなわち前記のように原告に対する更正処分は昭和二十九年九月二十八日原告に通知されたのであるから、原告が右処分に不服ならばその通知を受けた日から一ケ月以内である同年十月二十八日までに被告に対し審査の請求をすべきであるにもかかわらず、原告は右期間を徒過した同年十一月四日になつて被告に対し審査の請求をした。したがつて被告としては当然右審査の請求を不適法として却下すべきであつたのであるが、誤つて昭和三十年七月二十日附で原告の審査の請求を棄却する決定をした。しかしながら右審査の請求の目的である麹町税務署長の更正処分はこれに対する審査請求期間の徒過により既にその効力が確定してしまつたのであるから仮に右更正処分が原告主張のように違法であり、したがつて被告が右更正処分を適法と判断して原告の審査の請求を棄却した決定が違法であるとしても既に効力の確定した更正処分を維持したに止るのであるから被告の決定により原告の権利または法律上の利益は何等侵害されていない。したがつて原告としては被告の右決定の取消を求める利益はない。

また、本件審査決定の手続上原告の審査請求を不適法として却下すべきであるにもかかわらずこれを理由なしとして棄却した形式的瑕疵は否定できないとしても、却下といい棄却といつても原更正処分の適否の判断を伴うと否との差異はあるが帰すところ原更正処分を維持するという点に変りはない。そして本件の場合のように原更正処分の適否にかかわらずその効力がすでに確定してもはや原更正処分の違法を主張し取消を求めることができなくなつている以上右のような審査請求を棄却した決定の形式上の瑕疵は取消の理由とするに足りないものであり、仮りに本件審査決定が取消されたとしても被告としては改めて原告の審査の請求を却下しなければならない義務を負うに止り更正処兄の維持されることには変りはないのであるから原告は被告の審査決定の取消を求める利益はない。したがつて原告の本訴請求は不適法であるから却下されるべきであると述べ、

本案について原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として既に被告が答弁した外、原告が米国人であつて東京都所在の在日米国商業会議所に勤務し同会議所から報酬を受けていることは認めるがその余の事実は否認する。昭和二十七年度分の所得税に関する原告の確定申告についても被告は更正しており、原告の申告をそのまま承認したわけではない。また原告は法第五条の二の適用を受けるべき資格を有しないから原告の所得金額を二百四万四千八百円、課税額を七十一万三千九百六十円と更正した麹町税務署長の処分は適法であり、したがつてそれを維持した被告の決定も適法である。よつて原告の請求は棄却さるべきである、と述べ(た。)

〈立証 省略〉

理由

先ず本訴の適否について判断する。

原告が昭和二十八年度分の所得税に関し昭和二十九年三月十五日麹町税務署長に対し法第五条の二の規定を適用した上、総所得金額を百万二千五百円税額を十九万八千八百三十五円として確定申告をしたところ、麹町税務署長は国税局収税官吏の調査により昭和二十九年九月二十日附でその総所得金額を二百四万四千八百円税額を七十一万三千九百六十円と更正し、同年同月二十八日に原告に通知し原告は右処分につき被告に対し審査の請求をしたところ被告は昭和三十年七月二十日附で右請求を棄却する決定をしたことは当事者間に争がなく、原告は原告が被告に対し審査の請求をした日は昭和二十九年十月二十二日であると主張し被告は同年十一月四日であると主張して争つているのでこの点について判断する。

先ず、成立に争のない乙第二乃至第四号証の各一乃至三、第五号証、証人藤森左喜夫、同丸山静江、同富岡みど里の各証言を綜合すると本件審査請求のなされた当時には東京国税局(以下単に国税局という)においてはその総務課に文書係を設け国税局または同局長宛に提出または送達される文書はすべて同係に提出または送達されることを要することとし、同文書係(単に局文書係という)に直接審査請求書が提出されると、係員は直ちに請求書の表面に日附入の受附印を押捺し、国税局の審査請求書収受簿に受附日時、記号番号、納税者名、発信者名を記載し、請求書の持参者が請求書の写を持参しているときは受領の証拠として前記日附入の受附印を写に押捺してやり、かかる写を持参していない者に対しては審査請求書受理箋(乙第五号証)の薄紙硬紙両方に提出者の氏名を記入し硬紙切取線の下部分を切取つて持参者に交付するようにしていたのであるが、従来国税局長に対する審査請求書を局文書係に提出しないで直接国税局協議団(以下単に協議団という)に持参するものもありかような場合には協議団の庶務課文書係(以下協議団文書係という)の係員が請求書を受領し、直にその表面に協議団の日附入の受附印を押捺し、協議団の審査請求書収受簿に収受月日、区域、請求者氏名を記載し、係長、課長の決裁を経た上、協議団の係員が審査請求書を局文書係に持参提出し(なお協議団の係員は審査請求書連絡簿を局文書係に持参し審査請求書を受取つた局文書係の係員の受領印を受けることになつている)局文書係では受取つた請求書に国税局の受附印を押捺し、局の審査請求書収受簿に受附を記載し、請求書を協議団の係員に返還し(なおその際右収受簿に協議団の係員の受領印を受けることになつている)協議団の係員は再び請求書を協議団に持帰り、国税局としては同局長に対する審査請求は協議団文書係に請求書が提出されたときになされたものとして取扱つていた事実を認めることができる。右事実によれば国税局または同局長宛の文書受理の権限は原則として局文書係の職員に付与されていたと認めるべきであるから、かような文書を国税局または同局長が受理したというためには単に同局内の職員に交付されたという丈では足らず原則として局文書係において同係職員に提出または送達されることを要するものと解すべきであるが、その他協議団文書係の職員もまた各種審査請求書受理の権限を付与されていたことが明らかである。したがつてこれ等審査請求書は局文書係または協議団文書係に提出または送達されたときに初めて国税局長に対する右審査の請求があつたというべきである。

よつて本件についてこれをみると証人寺山善明の証言により成立を認めうる甲第一号証の一ないし三、第二号証、成立の争いがない乙第一号証及び右寺山証人の証言によれば原告の代理人弁護士妹尾晃は昭和二十九年十月二十一日前記審査請求書の全文を事務員伊藤某に口述して速記せしめ、これを原稿として即日工伸タイプ社に対してその印刷一通の作成を注文したところ翌二十二日頃でき上つたのでそのうち一通に捺印して原本とし、これを同弁護士事務所の英文の横封筒に入れ事務員寺山善明に対し国税局に提出することを命じたところ右寺山はこれに応じ右封筒を持つて国税局に赴いたが文章の内容を知らないままこれを「米州七課」と呼ばれている部屋の課員の内一名に交付したことを認めることができる。

しかしながら審査請求書が局文書係または協議団文書係に提出されたときには直に請求書に受附印を押捺し、審査請求書収受簿に記載することになつていることは前記認定のとおりであるから特段の事情が認められない限り請求書に押捺された受附印の日附及び収受簿に記入された日附の日に(国税局及び協議団両者の受附印が押され両者の収受簿に受附が記載されているときは日附の早い日に)審査請求書が局文書係または協議団文書係に提出されたものと推定されるところ、前記乙第一号証の本件審査請求書には昭和二十九年十一月四日附で東京国税局協議団収受の印が、同年同月八日附で東京国税局文書係収受の印がそれぞれ押捺されており、前記乙第二号証の二(協議団審査請求書収受簿)には同年同月四日附で、前記乙第四号証の二(局審査請求書収受簿)には同年同月八日附で本件審査請求書が受附られた旨の記載があるから本件審査請求書は昭和二十九年十一月四日局文書係を経ずに直接協議団文書係に提出されたと推定されるが、更に右事実に証人藤森左喜夫、同丸山静江、同富岡みど里の各証言及び前記乙第三号証の一、二を綜合すると本件審査請求書は昭和二十九年十一月四日局文書係を経ることなく、直接協議団文書係に提出され、藤森左喜夫がこれを受取り直に同日附の協議団収受の印を押捺し、協議団の審査請求収受簿に受附を記入した上、右請求書が局文書係を経由していなかつたので係長、課長の決裁を経て同年同月八日協議団文書係の係員丸山静江が右請求書を携えて局文書係へ行きこれを係員の富岡みど里に渡し、審査請求書連絡簿(乙第三号証の一ないし三)に富岡の受領印を受け、右富岡は右請求書に同日附の東京国税局文書収受の印を押捺し、国税局の審査請求書収受簿に記入した上、これを丸山に返還し、右収受簿に丸山の受領印を受け、丸山は右請求書を協議団に持帰り、これを藤森に渡し、藤森は担当官の小野事務官に渡した事実を認めることができる。而して右認定を覆えすに足る証拠はない。

そうしてみると訴外寺山善明が昭和二十九年十月二十二日原告代理人妹尾晃から受領した本件審査請求書を「米州七課」の課員に交付したのみではいまだ以て原告の被告に対する本件審査請求がなされたものと認めることはできないことは先に説明したところによつて明らかであつて、その後いかなる経路を辿つたかはこれを詳にすべき証拠はないけれども右審査請求書が協議団文書係に提出された同年十一月四日にいたつて初めて右審査請求が適式になされたものと認めるよりほかはない。

そうすると右審査の請求の目的である更正処分が原告に通知されたのは同年九月二十八日であることは前記認定のとおりであり、右更正処分に対する審査請求期間は原告が右通知を受けた日から一カ月以内である同年十月二十八日限りであるから、原告の本件審査の請求期間の経過後にされた不適法なものといわなければならない。したがつて被告としては原告の審査請求を不適法として却下すべきであつたところ昭和三十年七月二十日附で請求を理由ないとして棄却したことは前記のように当事者間に争のない事実である。この事実に基き原告は仮に右審査の請求が不適法なものであつたとしてもその主張の理由により、被告がこれを却下せず審理して棄却した以上、被告はもはや原告の審査請求が不適法であつたことを主張することはできないと主張しているのでこの点につき考えるに、所得税法第五十条は再調査の請求の目的となる処分に関する事件については訴願法の規定は適用しないと定めており、この規定の趣旨は所得税に関する再調査の請求は実質的には訴願であるが、所得税法第四十八条以下に詳細に手続を定めているので更にこれに対して訴願法の規定を適用する必要はないものとしてその適用を排除したと解せられるのであるから審査請求期間経過後になされた不適法な審査の請求を国税局長がいかなる場合に受理することができるかは所得税法の規定自体から判断しなければならない。しかるに所得税法には訴願法第八条第三項に相当する規定はなく所得税法第四十九条第三項により準用される同法第二十五条の三、並びに同法施行規則第二十一条第二項及び第三項によれば交通その他の状況によりやむをえない事由がある場合においては審査請求者の申請により期日を指定し、審査請求期間の延期をすることができることになつている。けれどもかような手続による場合のほか国税局長がその自由な裁量によつて期間経過後の不適法な審査の請求を受理し実体上の判断することは許されないと解すべきである。したがつてかような場合には仮に国税局長が右審査請求につき実体上の審理をなしこれを棄却する旨の裁決したときでも右裁決は違法たることをまぬがれないのであり、原告主張の本案前の抗弁権の喪失その他これに類似する場合の法理又は禁反言の原則は専ら当事者が任意に処分又は放棄しうる権利もしくは利益に関する行為についてのみ適用或いは類推さるべきものであるから、前記のような行為についてはその適用或いは類推の余地はないと解すべきである。したがつて原告の前記主張は採用できない。

よつて進んで原告の本訴請求の適否につき判断をなすと、本件審査請求は前記のように期間経過後の不適法なものであるからたとえ右請求につき国税局長が法規の解釈を誤り実体上の審査をなし、これを理由なしとして棄却したとしても前記麹町税務署長の更正処分は審査請求期間の徒過により右審査請求またはその裁決とは関係なく既に確定したものといわざるをえないから今に至つて、仮に原告の主張が認容され本件審査請求の裁決を取消す旨の判決がなされたとしてもこれにより原更正処分の効力に何等の影響を及ぼすことはないものと解すべきで原告は本件審査決定の取消を求めるにつき法律上の利益を有しないといわなければならない。

よつて原告の本訴請求は本案について判断するまでもなくこれを不適法として却下すべきであり、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾巖 西塚静子 越山安久)

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